道南民俗学研究会

虚飾を捨てた文章を書きたい。

チャチャ登りに吹く風①はじめに

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 チャチャとはアイヌ語でお年寄りを意味し、それは、この坂の勾配が急であることを示している。例えば、背曲げ坂などと和称が定着せずにアイヌ語音が残り続けたのはなぜなのか。それは15世紀半ば「コシャマインの戦い」後も当地に残留したアイヌの末裔と、和人との間に一定の和解が成立した証であろうか。
 写真はハリストス正教会の裏手にまわり、チャチャ登りを右手に見ている位置である。更にその奥、桜花舞う蒼天に鯉幟がはためく情景は日本的にしかない光景であった。
 そして、宗派の異なる基教会と仏教寺院に挟まれたアイヌ語由来の小路という特性は、函館文化の深層を物語っている。なお徒歩約3分の地には12世紀に仏教寺院が開基されていて、函館港に出入りする船舶と津軽海峡側の海岸線を望める警備上の要点でもあった。
 
 また函館港の優美なる天然曲線を二次関数Y=1/2x²の放物線と見立てると、その原点の位置はJR函館駅沖であり、原点から延びるイメージのX線上に魚市場やホテル、倉庫群、電車通りの街並みが直線的にあることを体感できる爽快がチャチャ登りにはある。
 
 新年早々、見事に雪面に背中を打ち付け、買ったばかりの破魔矢をへし折りながらこの坂の呼称の成立年代を現地調査したところ、何のことはない幕末期であると案内板に書かれていた。ではなぜ、この坂だけがアイヌ語由来であるのかの謎は追って検証する。
 次稿から囲碁が縁で知り合った少年に宛てた手紙の下書きを綴ろうと思う。それにしても気分転換に始めたネット囲碁の対戦相手が中東出身の10代のチェスの名手だったとは。 

 ああ風の精霊よ、あなたに人の世の営みはどう見えているのか。あなたは海峡を越え、国境を越え、民の声となり、やすやすと時代を変える力をも秘めている。
 緑なす函館山の木漏れ日を受け余光に照らされたチャチャ登りの祈りを、西方の彼方の友の許に届けておくれ。
 
解説 
  双方が互いに納得のいく談判や話し合いをアイヌ語でチャランケと言う。それは国会において、まともな審議を経ずに行われる強行採決の反対のようである。
 これは先住民であるアイヌの人々が統治体としての国家を持たず、明文法がない中で培われた文化、智慧と考察できる。現代社会において、法ありきで事故事案を裁くことは合理的であるが、裁ききれない事案は既得権益者に有利に密室で決められてはいまいか。
 なおチャランケの原義に迫ると「言葉がおりる」で、人間同士が全身全霊で真意を交わすところに「神意が降りる」という意味が本来的にあると仮定できる。それは言い争うという主張の応酬ではなく、合意に到達する過程の尊重であろう。また獣から人間へ、人間からカムイ(神、精霊)に対してさえチャランケ(談判)を申し出ることも可能である。
 一握りの成功者が富を独占する現代社会において、それを仕方がないと追認をするのみならず、望まれる世の在り方について、しばしの時間考察をしていきたい。