道南民俗学研究会

虚飾を捨てた文章を書きたい。

掌に情報の躍る時代に

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 例えば「人は生きているだけで価値がある」という言葉を聞くと、はたして本当にそうなのかと、天の邪鬼な私は考えます。もちろん様々な状況がありますが、長いとも言えない私の余生を「ただ生きていればいい」という話ではないように思慮するのです。そう考える私は功利主義に毒されているのでしょうか。もっと穏やかに生きられる道が本当はあるのに、敢えて違う道を選ぼうとしているのでしょうか。

 選挙に伴う様々な混乱を含みながらも先月、米国に新大統領が誕生しました。そこで、翻訳された大統領就任演説を読みました。一読した感想は癒しと言う言葉が2回出てくることが意外で、そしてunit、結合を意味する語が頻出していました。  
 更に言えば、述べられているはずの未来の米国の姿が薄いヴェールに覆われているようで分断を補修するという以上の強いメッセージ性を私は読み取れませんでした。
 そこで次に、トランプ前大統領の就任演説を読んでみました。「アメリカ人は子供たちのために最高の学校が欲しい。家族のために安全な地域が欲しい。そして自分たちのために良い仕事が欲しい。」という率直な願望と「この国の軍隊が悲しくも消耗していくのを許しながら、外国の軍隊を援助してきました。この国の中産階級の富は無理やり奪い取られ、世界中に再配分されていきました」という認識の記述が目に留まりました。
 実際、彼がハッキリとした形での戦争を回避した点は好ましいことと私は感じています。
しかし自国第一主義のメッセージ性は歪みを帯び世界中に複製された印象も受けます。いずれの国家も、自国の利益のみを考えた末に行きつくのは相互不信が支配する未来です。
 
 更に参考のためオバマ元大統領の就任演説を読むと「わが国の経済はひどく弱体化しています。これは一部の人々の強欲と無責任さの結果ですが、私たち国民全体が難しい選択を行って、新たな時代に備えることができなかったことも一因です」や、「国民は、あなたが壊すものではなく、あなたが築くことができるものによってあなたを判断する」という記述が目に留まりました。いずれも逆説を考慮した巧妙な物言いです。
 それではと思い、我が国首相の所信表明演説を改めて読むと、各論は踏み込んだ言及をしているのですが「理念」が述べられていないという驚きを禁じえませんでした。実務的な官僚の国家観であるなら的確にせよロマン性がないと私は率直に感じました。

 そうしてバイデン新大統領の就任演説を改めて読むと、国内の人種間課題について言及し、融和を訴えている点。そして演説中に黙祷を捧げた点が特異に思えてきました。
 ところで私は以前にネイティブ・アメリカンの父と、白人系の母の間に生まれた子供が、父の里で成長する過程を描いた絵本を読みました。その本の中で「つつましく生きてきた祖先が何ゆえ開拓民から虐げられなければならなかったのか」という問いがありました。
 その問いにシャーマンである彼の祖母は、彼女なりの答えを告げると。少年がうなづくでもなく、彼自身の答えを探す旅に出るところで物語りは終ったはずです。
 日本は表面的には先住民問題は話題にされません。それは先住民の側からも積極的に言語・風習などの同化を子孫に促したという事情があります。さて開拓民の子孫である私は、両者の旧境界地帯に住む縁から我が国の先住民文化を調査してみたいと考えます。